人が動く (17) - 世界90カ国歴訪雑感 -

「地下人」と「地上人」

 私見だが、パリ、フィレンツエ、京都は世界でも多く嫌味な人が棲息している街だ(京都出身の方にはすみません。日本人とは規律を重んじ、盲従する、被組織人である、の類と思ってください)。単純への反感、選民感情をもった皮肉屋が多い。それなのに観光客は毎年押すな押すなと押し寄せてくる。パリには7000万人、フィレンツエには1000万人、京都には5000万人がゼニを落としにやってくる。なぜか。過去の遺産が豊かだ。それに加え、住民が本音を明かさない。本丸は簡単に明け渡さない。表が黒、裾返しに裏の赤がチラリとのぞく、ご婦人の和服だ。裏のチラリに惹かれて、リピーターが多い。

 3都市には「おまえさんたちとはちがうんだよ」の意識がある。ルイ王朝のパリ、ルネッサンスの代表フィレンツエ、1000年の王朝を誇る京都。紆余曲折の興亡を生き抜いてきた人々がもつ優越感情である。もちろん、それも見せない。観光収入で食ってるから。うっすら笑ったりはする。けれど、それ以上ほほえむ必要はない。なんたって、黙っていてもやってくるんだから、おのぼりさんの田舎っぺたちは。

 京都でタクシーの運転手さんに、渋谷お願いします、と言った。シブタニ、のことね、と。その言い方が冷ややかだ。細い、狭い、しっとりと玉砂利をしいた路地のズッと奥のほうに、和食屋の入り口が見える。なんかすごく高そう。外部の者には、その内奥にどのような世界が秘められているのかわからない。会員制の秘密クラブみたいだ。部外者お断り、か。

 ヨーロッパで地下のレストランに降りていく。黒ずんだ重い木の扉を開ける。穴倉のような中にローソクの明かりに照らされ、ボンヤリと男女の姿が見える。ヒソヒソと話している。ウェイターが無言で水の入ったコップをテーブルの上に置き、それっきり。場違いな客だから。ひたすら自分たちの私的同質を、閉鎖的に、冷たく、熱く味わっている。

 言葉ははわかる、けれど、意味がわからないときがある。京都で「いつかお会いしましょう」と言われたら「あなたとは会いたくない」という意味だろう。パリで「このお店はいつから」には「キリスト誕生後ですね」と。ズカズカ、でしゃばりの好奇心は、やんわりと拒否される。ナイーブなソトの者とはわかり合いたくない、のだ。

 大通り、地上の人間は大衆だ。衆愚だ。成金だ。凡庸な俗人だ。野暮が、群れて、でかい面し、天下を取った気でいやがる。一緒になりたくない。だから路地奥に引っ込んだ、地下にもぐって「私」の抵抗核をつくっている。この精神貴族の避難民は初めて会う人の素性、家柄、品格を問う。かれらは、細身で神経質でスマートな都会人で、ときに、目がスガ目になっている。疑い深い目つきだ。チンと冷めてそこにいる。驚かすが驚かない、を建前としている。自然発生は野蛮なのだ。嫌な奴らだ。

 大通りに面した地上階にレストランがある。中に入ると華やかに、明るく、ピッカピッカ。「こんにちは」と言えば「いらっしゃいませ」とルンルンの従業員の笑顔がはじけて迎えてくれる。いらっしゃい、いらっしゃい、だれでもいらっしゃい、お金のある人は。アメリカ、カナダ、オーストラリア、日本は平等、公正、博愛、来るものを拒まず。フォードのテイラーシステムは、だれでもできる作業システムを開発し、大量生産、大量販売、大量収益による、社員全員の中産階級入りをめざした。薄利多売の資本主義でもあった。差別しない。皆とウィンウィン関係をつくる。

 地上には、健康で、友好的で、ニコニコしていて愛想よいサービスがある。カナダ同様、特別扱いでもなんでもない。この多人種、多民族の移民、異民社会で、素性を疑う、とか、教養を問う、とか、慇懃無礼はやってられない。公と私のちがいがあるだけだ。公の場では、ひたすら潤滑油を流す。皆がわかるように話さなければいけない。平凡でも陳腐でも、中学生にも通じるような英語表現をする。個性よりも実利である。

 裏と表がないんだ。裏をつくる時間の余裕もなかった。カナダは独立してから150年、オーストラリアはわずかに100年。今、パリの中心街にある瀟洒なカフェは10世紀の初めすでにそこにあった。その頃、シドニーの中心街では、掘っ立て小屋の前に長靴をはいた砂金取りの男たちが立っていた。忠誠と裏切りと流血のドラマを演じるヒマがなかった。裏目読みに長けていない。松本城の天守に登る黒ずんだ木の階段に、返り血が染み込んでいる、など想像しない。

 3都市には、たしかにオラが村にはねえスゲエーものがある。あいつらがいなけりゃもっとスゲエーのに。「地下人」は人を選別する。「地上人」は人を受け入れる。人の国際化で両者が渾然としてきた。東京生まれ、大地の子、東夷の自分は当然「地上人」と一緒が好きだ。

内田雄一

Posted by staff on 12 月 17th, 2009 and filed under 人が動く, 内田 雄一. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response by filling following comment form or trackback to this entry from your site

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