キス、ハグの習慣 - ホームステイの内側 -

ホストファーザー(1)

 小柄で江戸時代の浮世絵から抜け出したような切れ長の目をした恭子さんが、沈んだ表情で「話があるんです」と、私のオフィスにやって来たのは、彼女のホームステイが始まってから10日ほど経ってからである。

 話を聞いてみると、
「フレンチカナディアンのホストファーザーがキスしたり、抱きついたり、手を握ったり、いやらしいんです」
「それは2人きりのとき? それともホストマザーの前でも同じ行動を取るの?」
「両方です」

 日本ではキスとなると、よほど親しい間柄か親子の間で行われるが、こちらのように挨拶としてすることはない。フランス式になると両頬に1回ずつするのは当たり前、1、2、3回は親しい人とか恋人同士と聞いた。ロシア人は男同士でもキスをしたり、抱き合ったりしている。ヨーロッパ系、ラテン系民族は概して喜怒哀楽の表現が日本人に比べると、とてもオーバーである。

 恭子さんは日本を発つ前、母親から
「外国では何かあったとき、事が大きくならないよう争いを避けて、当たり障りなく笑顔で『ハイ、ハイ』と言っておきなさい。反対してズドンなんて撃たれたりしたらおしまいよ」と注意されてきたという。この「事なかれ主義」が、北米社会ではとんだ誤解のもとになりかねない。

 こんなときは
「日本の習慣ではおじぎをするのが普通の挨拶で、キスやハグはしないから、私にとって不自然なことなのです」
と説明するべきである。私がホスト側に連絡をして苦情を言うと、彼は
「恭子はいつも何か言うと『イエス、サンキュー』と言うので、ハッピーなんだと思っていたよ」

という答えが返ってきた。私の想像では恭子さんが彼の行動に何の抵抗も示さず「イエス、サンキュー」を繰り返すので、徐々にエスカレートしたのではないかと思う。

 それは次に彼が
「恭子は僕のことが好きみたいだよ。僕は何も悪いことをしていない」
と付け加えたからだ。

 私が35年前、初めてカナダに旅立つ日、兄がはなむけの言葉として「幸、NOと言える人間になれよ」と言ってくれたことを今、思い出している。

 外国人にとって不思議なことの1つに日本人特有の「笑い顔」がある。照れ隠しの笑い、失敗したときの笑い、事柄がはっきり理解できなくて曖昧な返事をするときの笑いなど、日本人は笑いで本音を隠してしまう。この笑いも外国では誤解のもとになりやすい。気をつけよう。

ホストファーザー(2)

 「言葉のコミュニケーションができなくて困っているんだけど、幸、通訳してくれない? うちの学生ではないんだけど、深刻な問題らしいのよ。この電話番号にかけて、カレンと話してほしいの」

某大学の国際教育部コーディネーターからの依頼である。さっそくカレンに電話をかけると「Thank you for calling me」と言って、次のような説明が始まった。

「私はたった今、間借りをしていた家を引き上げてきたばかりです。理由はその家のトムが変な人だったから。最初の1、2ヵ月は親切で人当たりがいいけれど、そのうちじわりじわりと彼が本性を現し始めます。どうもそれが彼の手らしく、まず相手を安心させ、信頼感を持たせ、こちらがすっかり親しみを感じたころになると、いやらしいことを言い始めます。お世辞を言いながらキスやハグをしてくるようになります。私があるとき危険を感じ、引っ越そうとすると、たえず家にいて見張っています。それで友達に来てもらい、トムが外出したすきを見計らって大急ぎで荷物をまとめて抜け出してきたのです。気になるのはホームステイをしている日本から来た学生です。ユウコだかユミコだか、そんな名前ですが、私がなぜ引越しをしたかを伝えて、一刻も早くあの家を出るように伝えてほしいのです。彼女、英語がわからないので、いつもニコニコして彼と話しています。この間もトムが『君は自転車で通学しているから脚が強くなっていいね』と言ったのですが、これには隠れた意味があるのです。そんなこと彼女に解るはずがないでしょ。こうしていても、いつか間違いが起こるのではないかと心配です。早く電話をしてあげてください」

 私は教わった電話番号をダイアルした。
「ハロー」と男の声。「ユミコ、プリーズ」と言うと、「彼女は今いないけど、伝言は?」と聞かれたので、またかけ直すと言って電話を切った。数時間後にかけたが、まだいない。3度目のとき、彼は「ユミコからかけさせるから、こちらの番号を教えてくれ」と言うので、私はなんとなくかかわり合いになるのを恐れて「ない」と答えた。すると

「あなたは日本から来た日本人?」
「そうよ」
「ああ、ホームステイを探しているの? 今、うちに空き部屋が1つあるけど、今日からでも入れますよ」

 彼は私が電話を持っていないから、きっと旅行者でホテルから電話をしていると早合点して、こちらからは家のことなど何も尋ねていないのに、ペラペラとしゃべりだした。カレンの言っていた親切とはこれなのだなと思いつつ、その日はあきらめた。翌日の午後、やっとユミコさんに通じて事情を話すと

「そうですか、そんな人なんですか。今のところ普通ですけど…」
「慣れてくると、いやらしいんですって」
「そうですか、でも…。私、引っ越したばかりなのに、また新しいホストを探すんですか?」

 ああ、そんなこと私の知ったことではない!
「カレンは女性保護協会にトムのことを訴えるそうよ。それと、もし新聞で彼のホームステイの広告を見つけたら、それもストップさせるって。とにかく彼は危険人物らしいから、あなたも早く引っ越したほうがよさそうよ」
と言って、私は電話を切った。

 あれからユミコさんはどうなったのだろう。突然、見知らぬ日本人からトムは危険人物よと言われても、腑に落ちないような間延びした答えが返ってきたが、それも彼女の立場に立つと当たり前かもしれない。

 言葉が通じないと、外観や上っ面だけで物事を判断したり、誤解したりする可能性が大いにある。これは致命的なウイークポイントであるから、万全を期して行動しよう。ホストファミリーの家に間借りだけをしている人もいる。またホストファミリーが共働きで、すれ違い夫婦であることもあるので、共同生活をしている家族構成を詳しく調べることが大切である。

元ランガラカレッジ・オフィシャルマザー 好村 幸

Posted by staff on 12 月 16th, 2009 and filed under ホームステイの内側. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response by filling following comment form or trackback to this entry from your site

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