スー・チーさんに有罪判決 総選挙をにらんだ軍事政権の思惑
ミャンマーの民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさん(64)が許可なく自宅に米国人を滞在させたとして国家防御法違反に問われた裁判で、同国の特別法廷は11日、スー・チーさんに対し、禁固3年の有罪判決を言い渡した。しかし判決直後、軍政トップのタン・シュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長が減刑を命じ、1年半の自宅軟禁処分となることが明らかにされた。スー・チーさんは同日、拘置中の刑務所から最大都市ヤンゴンの自宅に戻された。
一方、スー・チーさん宅に侵入したとされる米国人ジョン・イエトー被告(53)には入国管理法違反など、3つの罪状で合わせて懲役7年の判決が下されたが、ミャンマー軍事政権は16日、同被告の身柄を米大使館職員に引き渡し、同被告は国外退去処分となった。また、スー・チーさんと同居していた家政婦2人にも懲役が言い渡されたが、1年半の自宅軟禁に減刑された。
減刑は国際社会の批判を考慮
判決公判はヤンゴンのインセイン刑務所内の特別法廷で開かれ、ヤンゴン駐在の外交官やジャーナリストも傍聴が許された。裁判長が有罪判決を言い渡した直後、ムアン・オウ内相が法廷に現れ、減刑を命じるタン・シュエ国家平和発展評議会議長の指令書を読み上げた。軍政側は減刑の理由を、「スー・チーさんが建国の父アウンサン将軍の娘であることに配慮したため」また「民主化への障害を取り除き、社会の平和と安定を守るため」としている。
しかし、軍政側には減刑措置によって国際社会の批判を和らげる狙いがあるとみられる。特にスー・チーさんの即時解放を求める欧米の圧力には警戒感を示しているため、専門家の間では当初から「判決は有罪。但し国際社会に配慮して減刑。収監は免除で自宅軟禁」という流れが予想されていたという。
選挙での敗北を恐れる軍政
判決は事実上、03年に始まり今年5月で期限が切れたスー・チーさんの自宅軟禁を延長するもの。来年前半にも予定されている総選挙からスー・チーさんを排除しようとする軍政側の意図が丸見えだ。今回の裁判に関しては、当初から「軍政は米国人侵入事件を利用して、総選挙が終わるまでスー・チーさんを拘束するためのもの」とみられていた。軍政の命令書では、自宅軟禁中も軍政の許可があれば、これまでのように政党関係者や国連関係者と会うことができるとしているが、今回の判決によってスー・チーさんが直接選挙にかかわることは不可能となった。
軍政権がスー・チーさんの排除を徹底させるのは、前回90年の総選挙でスー・チーさんが圧倒的な勝利を収めた過去があるため。当時、民主化運動の機運が高まる中、野党「国民民主連盟」を結成したスー・チーさんは建国の父の娘としてきわめて高い人気を博し、選挙では同党が全議席の8割を獲得するに至った。このとき軍政は、「政権移譲は新憲法制定後に」とし、選挙結果の受け入れを拒否している。
国際社会の反応
スー・チーさんの有罪判決を受けて、各国はさまざまな反応を示した。クリントン米国務長官は11日、「そもそも裁判にかけられるべきではなかった。自宅軟禁も解除するよう求める」と述べ、2000人以上の政治犯の釈放も求めた。サルコジ仏大統領も同日、有罪判決に反発し、欧州連合(EU)に対しミャンマー制裁の強化を働きかけるとの声明を発表。またブラウン英首相も同日、「悲しみと怒り」を表明し、国連安保理がミャンマーへの武器輸出を禁じるよう求めた。
EU加盟27カ国は13日、有罪判決を「重大な人権侵害」と非難し、裁判の責任者らがEU加盟国へ入国することを禁止し、加盟国内の資産を凍結する新たな措置を承認した。
国連安全保障理事会も13日、有罪判決に「深刻な懸念」を表明する報道向けの声明を発表した。米英仏はミャンマーへの強い追加制裁を主張し、非難の議長声明採択を求めたが、中国やロシアが「内政干渉」であると反対したため、法的拘束力のない報道向けの声明にとどまった。
東南アジア諸国連合(ASEAN)では加盟国が一致して恩赦を要求するのは困難な情勢。議長国タイは恩赦を軍政に要求することで合意を求めたが、ベトナムやラオスが要求は「内政干渉」との立場を表明した。
米国人侵入事件とは
スー・チーさんが起訴されたのは、5月3日に自宅に侵入した米国人男性ジョン・イエトー被告を無許可で2日間滞在させたため。同被告はスー・チーさん宅裏の湖を泳いで訪れ、スー・チーさん側は退去するよう求めたが、同被告が泳ぎ疲れて休ませて欲しいとしたため、人道的な措置として滞在させた。スー・チーさんは侵入は予期できなかったとし、無罪を主張していた。また同被告と知り合いではないことも明言した。
イエトー被告は裁判で、「スー・チーさんがテロリストに暗殺される夢をみた。彼女を守るため『神』の命令で自宅に侵入した」と述べた。