天皇皇后両陛下とお会いして   ――2人の女性が得たもの

両陛下とのひととき 
今回の天皇皇后両陛下の来加で、おそらく「一般人」としては最も長く両陛下と時間を共にした一日本人女性から、その貴重な体験の感想を聞く機会を得た。以下は、彼女の心に残った両陛下の印象と、そのときに得た教訓である。

 両陛下がオタワを訪問されたとき、人々の謁見の場がナショナル・ギャラリーに設定されました。私の夫はたまたま最近ナショナル・ギャラリーのプレジデントに任命され、本業の傍らボランティアとして重責を担うようになっていました。そのため、今回私たち夫婦は、ナショナル・ギャラリーで陛下をお迎えし、また陛下と共にガバナー・ジェネラルをお迎えするという大きな任務を背負うことになったのです。

 そこで私は両陛下と間近に接する機会をいただき、いくつかの大きなことを学びました。
 まず、両陛下がいかに自由のない(自分の時間のない)生活を送っておられるかを知り、私たちの持つ自由のありがたさを再認識しました。また、「他人に見られない」ということのありがたさも痛感したのです。そして、両陛下にとって、そっとしておいて差し上げることが本当の親切であり、リスペクトを持って遠くからお見守りすることが大切なことであると知りました。

 私は両陛下の間近にいて、お二人の質素なご様子に驚きました。失礼ながら陛下の背広を見たとき私は「もしかしたらうちの主人のほうが良い背広を着ているかも」と思いましたし、薄化粧でマニキュアすらしておられない皇后陛下のつつましやかなご様子にも驚いたのです。でも、そういう両陛下のお姿は、私に、人間にとって何が本当に大切なのかを教えてくださったのです。
 陛下はいつも一期一会の心で人に会っていると言っておられました。そんな陛下に接して、本当に何が大切かをわかっていたら、宝石やステータスは必要ないのだということを思い知らされたのです。

 陛下のおっしゃる『一期一会』は、千利休の茶の心です。私などが想像もつかないほど大勢の人とお会いになる両陛下は、どんな人とも一期一会の心で接しておられるのでしょう。甘いお菓子などなかった当時、千利休はあぶった昆布や椎茸などをかじりながらお茶をいただいていたということを聞いたことがあります。両陛下は、そんなつつましく、しかも豊かな千利休の茶の心を本当にわかる人なのだろうとつくづく思いました。

 私は今回のことのためにデザイナーズブランドの服を選び、ネイティブのアーティスト、ビル・リードのゴールドペンダントをつけ、マニキュアやペディキュアをつけていきました。そんな私は、両陛下の前で、本当に美しいものを自分が汚すのではないかという気持ちにとらわれたのです。

 両陛下のお姿は、まさに「ほんもの」であると私は感じました。私は、そのような方を他に2、3人知っています。そして、日本では会うことのできないこういった人々にカナダで会うことができるため、カナダにいる幸せを感じています。

 ナショナル・ギャラリーで、私たち夫婦は両陛下をお迎えしました。紹介されて私が名乗ると、陛下はごく自然に握手を求められ、出身地のことなどご質問なさり親しく話しかけてくださいました。両陛下は時間よりも少し早くお見えになったので、遅れて来られたガバナー・ジェネラルをお待ちするほぼ20分の間、私は、両陛下と大使夫妻と私たち夫婦、たった6人で時間と空間を共有させていただくことになったのです。そのとき、天皇陛下と皇后陛下のむつまじいご様子を感動と共に拝見しました。私たち夫婦と同じように、お二人はとても自然に雑談をしておられました。そのご様子を見、お話を聞くともなく聞きながら感じたのは、お二人の絆の強さです。お二人がどれほど深い絆で結ばれ、お互いを大事に思っておられるかを見せ付けられる思いがしたのでした。お互いを真に必要とし、常にチームワークを持って助け合って生きてこられたのでしょう。

 ここで、陛下の意外な一面を拝見させていただいたことがあります。侍従の方が両陛下のお立ちになる場所を示したとき、立ち並んだカメラマンたちを気遣って、「こちら側に立ったほうが良いでしょう」とおっしゃって示されたのとは逆の側に行かれたのです。皇后陛下も、「そうですね」とごく自然に後に続かれました。常に周りを気遣っておられることがよくわかる一場面でした。

 ナショナル・ギャラリーではその後、大勢の方と謁見なさることになっておられたため、大役を果たした私たち夫婦はお先に失礼させていただきました。

 その次に両陛下にお会いしたのは、ビクトリアの総督邸でのカクテルパーティと昼食会の席でした。
 私は、皇后様と一緒のところを写真に撮ってほしくて、近くにいた随行カメラマンの人に写真を撮ってくれるよう頼みました。カメラマンは、この位置ではあなたは後姿になってしまうと言いましたが、それでもいいから撮ってちょうだいとお願いしました。また、カクテルパーティでは、皇后様が他の方とどんなお話をなさっているのが知りたくて、側に寄って聞こうとしました。食事のときは、皇后様がどんな食べ方をなさるかを拝見したいと思ったりもしました。でも、そうした自分の態度が、お二人を見ているうちにとても悔やまれたのです。美しい透明な水に石を投げ入れて底の泥をかき回したような、自分が純粋なものを汚してしまったような気がして激しい後悔におそわれたのです。他の人と話しているときは、間隔を置いてさしあげるのがマナーだったに違いありません。自分をショーオフするのは簡単なことです。でも、ひとに気づかれない親切ができるのはすごいことです。両陛下はまさにそんなことが自然におできになる方々でした。

 両陛下は、どんな人に接するときにも態度をお変えにならず、親しく、心を込めてお話しくださいます。学歴やステータスや、もちろん着ているものなどにかかわらず、誰にでも公平に、思いやりを持って接する方でした。

 ご自分の自由もなく、常にひとの目にさらされながら、お二人がいかに国民のために努力して生きておられるかを知り、私はそのお姿に感動しました。千利休の茶の湯の真髄を身をもって体現し、現代の中でお二人の戦国時代を生きておられるのだと、心から畏敬の念に打たれたのでした。

皇后陛下のささやき 阿部ますみ UBC文学部アジア研究学科 大学院生

 ブリテッシュコロンビア大学のアジア学科で勉強している大学院生は、大学で行われる行事のお手伝いをするのが伝統。高度成長期の日本で、元気な働き手だった私は、日本的なきめ細やかなサービスを外国人学生に自慢するチャンスとばかりに、ハリキル。アジア研究学科の主任教授から「天皇皇后両陛下のUBCご訪問(Imperial Visit)歓迎行事」への参加についての打診があった時も、これまでのお手伝いの傾向から…旗を振ってお出迎えし、お見送りもした後に、せっせと会場の後片付けをしている自分の姿を想像していた。「光栄です! 準備、後片付け、なんでもお手伝いします!」と学部にお返事して程なく、両陛下をお迎えするアジア会館の周辺に目に見える変化が起こった。大人数の庭師による庭木の剪定、清掃が始まったのである。入り口付近にあって、座るとお尻が床すれすれまで沈み込んで、「自力で立ち上がれない人もいた」と噂されていたボロボロのソファが、赤と黒の革張りのモダンなソファと入れ替わった。巨大なフラット・スクリーンが、図書館の入り口に備え付けられ、過去にUBCをお訪ねくださった皇族の方々の写真映像を流し始めたのには、驚いた。まさに、取って付けたようで、これはどこからか拝借してきたに違いないと思ったのは私だけだろうか。

 そのうちに、アジア会館裏の新渡戸稲造ガーデンで両陛下にお会いし、個人的にお話ができる20人の学生の中の一人に自分が選ばれたということが分かってきた。「若い人たちの中に50歳代のオバさんが一人だけポツンといる図」を想像すると場違いで、両陛下も戸惑われるかもしれないと心配したが、是非お話しして伝えたいことが胸に込み上げてきて、お会いしたい感が強まった。そして私もまた、心身ともに拝謁の準備に取り掛かった。“心”の方は、私の思いを出来るだけ簡潔な言葉にまとめる作業で、“身”の方はケチらずに、歳相応、かつ礼儀にかなった身支度へのメイクオーバーである。なにしろ後にも先にもこのお二人以上の賓客はいない。

 学部生としてUBCでアジア学一般を学んでいた2001年12月、天皇陛下が誕生日の記者会見で「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と発言されたことが、静かなトーンで報道された。ちょうど日韓共催のワールドカップサッカーを目前に控えた大事な時期だった。天皇陛下自らこの事実を、しかもこの時期に発言されたのは画期的なことで、私自身の中でワールドカップの成功も、韓流ブームも、この発言と切り離しては考えられないものになった。その後両陛下は、2005年6月に、戦争で亡くなった人たちを慰霊する目的で初めてサイパン島を訪問し、事前には公表されていなかった韓国人戦没者慰霊塔を訪ね、拝礼されている。カナダやフランスの有名新聞が交代の激しい日本の総理大臣の名前や顔を覚えられず、間違った写真を載せてしまっているような国際認識の中で、天皇皇后両陛下は、日本の顔として、一生懸命平和外交をなさってくださっているのである。

 皇后陛下とお話する10人の学生の一人に割り当てられた私は、若い学生たちに先を譲り、一番後に皇后陛下とお話しをした。「ごきげんよう」と声をかけてくださると同時にお手を差し出してくださったので、その手をしっかりと握り返した。皇后陛下は気取りの微塵もない。「どのくらいカナダに住んでいるのですか?」「移民ですか?」と一生懸命質問を探して聞いてくださる。視線を私の胸の辺りに落としたまま、品のいい小さなお声でお話しになる。相手の目を見ないで話しをするのが高貴なお方のエチケットなのかもしれない。「ところで、皇后陛下…」と私のほうから非礼を覚悟で持ち出したのが、前夜、暗記して、とにかく何があっても最後まで言わせていただこうと用意した、一世一代……の割には、極めて簡潔なメッセージであった。

 「私はお二人の大ファンでございます。是非お礼を申し上げたいのは…UBCでアジアのことを勉強したおかげで、天皇陛下の韓国とのつながりについてのご発言や、お二人のサイパンご訪問などがどんなに意味深いものかがよく分かるようになりました。素晴らしい外交をしていただいていることに、心からお礼を申し上げたいと存じます」

 サイパン「ご訪問」を「ご旅行」と言い間違えてしまったが、一気によどみなくはっきりと申し上げた。最後に深々とお辞儀をしようと体を傾けかけた時、皇后陛下が、私にぐっと近づいてこられたから、私は左のほうに体の向きを変えてお辞儀を終わらせる格好になった。皇后陛下が私の耳元でささやかれたお言葉は……ここには書かない。「ありがとう」だけの短いものではなかった。感激して、すでにいろんな人に話しているし、隠すほどの内容でもなんでもないが、無断で活字にして公表するのは皇后陛下に対して失礼な気がするからだ。聞きに来てくださるなら、どなたにでも喜んでお話しするが、ここでは控えさせていただく。

 皇后陛下との「一期一会のご縁」が意味深いものになったことが、とてもうれしい。
 皇后陛下にお会いしたお蔭で、外国に長く住んでいる日本人の私が日々無意識のうちに「草の根レベルのナノ外交」を試みていたということに気がついた。
 一大学院生に、こんな貴重な経験をさせてくれた大学にもまたひとつ大きな恩ができた。  

Posted by staff on 8 月 19th, 2009 and filed under 今月の特集. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. You can leave a response by filling following comment form or trackback to this entry from your site

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