阿川 大樹
絶滅危惧種連載エッセイ
めでたい。春からの小説の連載が決まって、久々にそこそこの定収入が見込めることになった。
とはいえ、連載が不評で途中打ち切り、なんてことになる可能性だってあるわけだから、文筆業の「定収入」なんてあやしいものだけど、まあ、物事は前向きに考えないと結果もついてこない。
小説家を志したのは中学生の頃だった。ふつうに大学に進み、劇団員もやったけど会社員もやり、いよいよ小説に直接向かうように舵を切ったのが1997年のことで、それから、この「ふれいざー」との縁も含めて、さまざまな文章を書いてお金を頂戴するようにはなったけれど、あくまでも自分のアイデンティティは「小説家」であるから、小説の収入で生活できないと、「小説家」を名乗るにしてもどこか落ち着きが悪かった。
職業を聞かれれば、他に答えようもないので、大抵は小説家と名乗る。
それを聞いた相手の顔には必ず「阿川大樹? そんな小説家いたっけ?」とか「知らねえなあ」とか書いてある。それは当然。世界広しといえ、阿川の小説を読んだことのある人はごくごくわずかだし、書店で僕の名前の書かれた本を見かけた人はその何倍かいるとして、だからといってそう記憶に残るものではない。エッセイを読んだ人はもっといるはずだけれど、著者の名前を覚えるとも限らない。記憶には閾値があり、ある程度の強さで繰り返し「刺激」を受けないと脳に刷り込まれない。ぬるま湯をいくらかぶっても火傷しないのと同じだ。
さて、「その人、だれ?」の次の反応のひとつは、小さな驚きとともに希少動物を見るように小さく目を輝かせる人、そして、ちょっと事情に明るい人は、かわいそうにと哀れむ目を向ける。
小説家はたしかに希少な職業で、コンスタントに作品が本になって生活できている人というのは、女優よりも少なくて、プロ野球の選手くらいの数だろうか。すごく大雑把な見積で、人口の10万人に1人、0.001パーセント、10ppmくらいだ。
つまりは空気中の塵のようなものだから、知人に職業小説家がいる人はそれほど多くないし、町で小説家を見かけたことのある人もあまりいない。(歌手や俳優じゃないから町で見かけてもふつうはわからないけど)
たしかに希少な存在であり、と同時に、その中でサラリーマン並の収入を得られている人が少ないことも知られていて、世間では劇団員や音楽家と並んで「経済的に恵まれない職業の人」の代表格とみなされてもいる。
デビュー10年でとある賞を受けた人が受賞の挨拶で「昨年、やっと専業になりまして」と口にする、とまあそういうビジネスセクターだから、小説だけでハンバーガー店の店員くらいの収入が得られるようになれば、それはもう大変にめでたいことなのである。
と、喜んでいたら、まもなく出る予定の新刊の担当の編集者から電話。
「阿川さん、ちょっとお詫びしなければならないのですが……」
まさか発売中止じゃないよな。
「4月発売の予定で動いていたのですが、事情で5月発売ということになりまして」
この不景気のご時世、一ヶ月延期でとりあえずほっとした。待ちに待っている印税が入るのが一ヶ月遅くなったのくらいはしかたがない。
ま、会社員の生活を捨てて自分で選んだ商売だからその程度のことは折り込み済み。
「小説家とは職業ではなく生き方である」とは、ある先輩作家の言葉。まさに日々それを実感している。
じゃあ、この生き方で生き延びてやろうじゃないか、とカラ元気を出して、今日もパソコンに向かう阿川大樹なのであった。
よっしゃぁ!