2011年12月の編集後記
繁栄する我々人間の、住処である地球への配慮は遅きに失した。
2011年ももうすぐ終わり。毎年大きな事件や災害は後を絶たないが、『ふれいざー』を始めて19年、今年ほど激動と波乱の年はなかったような気がする。百年、二百年後に年表を作るとき、2011年はことさら大きなスペースを必要とするに違いない。
今年に入ったとたん、昨年末から始まったジャスミン革命であっというまにチュニジアの独裁政権が崩壊したと思ったら、イスラム世界の人々の蜂起は怒涛のごとく広まり、2月にはいってエジプト、リビアと革命が波及して「アラブの春」という言葉がメディアやネットに溢れた。自然災害では今年初めからブラジル、スリランカ、オーストラリアなどが大雨による記録的な大洪水に襲われている。
そして悲しい3月11日。自然災害と放射能のダブルパンチが日本を襲った。4月にはいるとコンピュータシステムへの不正侵入によって史上最大の個人情報流出事件。5月に米軍によるオサマ・ビン・ラディンの殺害。6月にはチリのプジェウエ火山が半世紀ぶりに大噴火した。7月になると、ノルウェーでたった一人の青年によるショッキングな連続テロ事件が起き、8月はリビアで40年続いたカダフィ政権の崩壊。9月に入ってオキュパイ・ウォールストリートの世界規模の波及。10月にはタイで国土の8割が被災し3分の1が水没するという大洪水が起きた。この月には、リビアのカダフィ大佐が殺害されている。
こうした怒涛の中で、今年、世界の人口が70億人に達した。大戦後間もない1950年には25億人だったものが、20世紀末には60億。その後の10年余で10億人増えたが、今世紀末までには100億人を突破すると国連では推測している。
そしてこの人口増加に比例するように、地球は苦しみ喘ぐようになった。医学や公衆衛生の発達は人口増加の大きな原因となっているだろうが、その繁栄する我々人間の、住処である地球への配慮は遅きに失したとしか思えない。これでは人間は宿主をやがて枯らしてしまうヤドリギだ。人間が地球に与えるものは何もないとしても、せめて自分の部屋を掃除する居候程度ではありたい。
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10年前(2001年)の12月号のふれいざーの小欄を見たら、しし座流星群を見に行ったという話を書いていた。バーナビー・マウンテンに行ったのだが車の行列でムードもなにもなく、結局家に帰って電気を消したリビングルームの窓から15分間に30ほどの流星を見たと書いてある。すっかり忘れていたが、こうして過去のものを読み返してみると、そのときのことがまざまざと甦り、この10年がほんの束の間のことに思えてくる。それでいながら、この10年間は地球全体でも私の周りの小さな世界でも、数えきれない出来事があり、変化があった。今から10年後のクリスマス、私は、どこで何をしているだろう。世界はどんな世界になっているのだろう。
(エディター: 宮坂 まり)