鮭がまた戻って来た
人口孵化された鮭の生存率は自然孵化の3-4倍。
10月になると孵化後4年目の鮭は太平洋からカナダ西岸の彼らの産まれた河に、産卵して一生を終えるために戻ってくる。汚染と環境破壊で遡上数の激減した鮭を、その昔産卵した多くの川に呼び戻そうと多くの自然保護団体の努力が続いていることは周知の通り。野鳥Mossom Creek HatcheryとCoquitlam Centennial High Schoolのメンバーをつかさどる友人に誘われ、Maple RidgeのAlouette River Management Soc.の管理地域でSalmon Egg Takingというイベントに参加した。
この地域は主にChum Salmonが主で、Chinook、Cohoなども少数混じる。ChumやChinookの身体は産卵時には既に老化して、身体は斑に灰色に変色していて見分けにくいが、よく見ると大型のChinookは尾に斑点が有る。Coho Salmonは変色が比較的少なく紫がかった黒、一般に小型である事から素人でも比較的見分けやすい。
Chumは稀に3年で遡上をするが、一般にその卵は成熟していないそうだ。他の鮭と異なり、Chumの稚魚は塩水に耐性が有るために、孵化すると間も無く比較的塩分の低い河口に下って海水中で成長を続ける。従ってこの種は遠い上流に戻って産卵する必要が無く、海から近い、汚染の少ない小川で産卵できる。それに較べるとSockeye Salmonなどは、時には千キロまで内陸に遡上して産卵するものもあり、稚魚はその周辺の湖水で成長して表皮が塩に耐えられるまで1年間を淡水で過ごさなくてはならない。
さて、卵子の採取の作業は、先ずAlouette Riverを遡上中のChum Salmonを側溝からプールに導き、色やサイズで品定めされた魚を網で捕って採卵する事から始まる。この作業中、手の空いている作業員から色々知識を得た。歯の露出していない雌(稀に歯が露出した雌もある)はその場で殺してから一定の数、この日は17尾、を獲り身体をきれいに拭き、腹を切り開いて卵を採る。何故殺さなければならないか充分知っていながらも、僕は思わず「可哀相に」と言ってその独り言を悔いた。傍で作業を指揮していた人はそれを聞き、「こうやって卵をより確実に孵化させてやったら彼らは仕合せな筈だよ」と静かに言った。
採れた卵子は乾いた網に受け、そのまま水気の無い容器に移して貯める。此処で水気が入ると数分以内に卵に一つ開いた精子取り混みの穴が塞ぎ、卵は生命力を無くすとの話。Dry Fertilizationといわれる。「卵子も精子も水に浸かっているのに何故」と傍の作業員の手が空いた時に聞いてみた。「卵子も精子も水でなく、体液で保護されているのさ」。そう言われると当たり前の事だと気付いた。この作業中、大方20-30歳代の若者たちが黙々と作業を続けるのが印象的だった。
次に側溝の中に閉じ込めた雄を網で捕まえると、今度は直ちに、生きている間に一尾から数万の精子をあらかじめ滅菌した小さなポリ袋に絞り採り、水を加えずに袋は一尾ごとに密閉する。その数は卵を採った雌の数と同じく、17尾。卵子は一まとめ、精子は別々のポリ袋に入れたまま30キロ余り離れたポートムーディーのMossom Creek Hatchery まで運び、受精の工程に入る。
先ず全ての卵子を、大きな乾いたポリバケツに移して、丁寧に且つすばやく混合し、正確に計量した50グラム当たりの卵子数を数組、実測して単位重さ当たりの平均卵子数を計算、卵子の総量を計って再び魚の捕獲数、つまり今回は17グループに均等に分ける。今回は一尾当たり平均1800-2100個の卵子が採取され、数日前の平均3-4000個と較べかなり少ないが、たった数日の間に起こるこの変化の理由は未だに不明だそうだ。卵子を何故混合するのか。数尾の鮭の卵子を混ぜることで、メスの鮭一尾毎の個体差、健康レベル、染色体などが平均化され、生まれてくる稚魚の個体差が偏らない。こうして17組に分けられた卵子にはオスの精子が一袋ずつ、手で丁寧に混ぜられ受精が行われると、この数分の工程中に卵子の色が微かに黄変するのに気付いた。数分後に一定量の水を、仕分けた受精卵の容器に補給して受精が完了、再びろ過して網のトレーに入れ、沃度液に10分間つけて滅菌した後、上流から引き入れている汚染の無い流水槽中で孵化まで保存する。
特別の計算式から今回の卵子は34日で孵化するという。やがて生まれた稚魚は、ある程度成長するまでの約一月水槽に保存後、クリークの河口に放流され、ここから再び鮭の一生のサイクルが始まる。4年後、ここで孵化した鮭はMossom Creekを産まれ故郷として戻り、また新しい命のサイクルが始まるのである。
こうして人口孵化された鮭の生存率は自然孵化の3-4倍と言われる事が良く納得できた。