日本の企業社会

コミュニティ・メディアの存在

「無縁社会」から昔ながらのコミュニティの重要性がメディアの報道により明らかにされています。

東日本大震災のような大災害に見舞われると、ただちに大きな問題となるのが情報不足です。突然起こった事態を被災者のほとんどが把握できずに混乱することになるからです。

 そればかりではありません。さらに重大なことは、外部との接触が断たれて、被災者が孤立してしまうことです。そのことで、先の見通しが立たなくなったり、友人、知人、場合によっては近隣などとの「つながり」が途絶えてしまうことにもなります。

このように、災害時における情報不足は、想像以上に深刻な事態を引き起こすことになるのです。

こうした状況下で、コミュニティFM放送やケーブルテレビなどの「コミュニティ・メディア」の存在が改めて注目されています。コミュニティ・メディアは1995年の阪神淡路大震災の時に大きな役割を果たしたように、災害関連情報や防災情報を被災地の住民にタイムリーに発信したり、被災者を励ますメッセージを伝えたりすることで貢献することができます。

今回の大震災にあっても、関係者は「情報だけでなく人の思いを伝えるラジオにしたい。避難所にいる人を励ませたら」と話しています。

また、別の関係者は、「コミュニティFMの身近な情報が心のよりどころになったという反響を大事にして、その役目を果たし続けたい」としています。

ちなみに総務省によると、東日本大震災の被災地では、岩手、宮城、福島、茨城の4県に23の臨時災害放送局が設置されています。

たとえば宮城県塩釜市のコミュニティFMでは、大震災発生から1カ月に合わせて、特別番組「伝えたかった、ありがとう」を放送しました。避難生活を続けていたパーソナリティが震災後初めて番組に出演し、自身の体験を交えて「支え合いの大切さ」を訴えています。

このように、コミュニティ・メディアは地域住民の生活を支えているのです。たとえば、自治体を通して国から「臨時災害放送局」の免許を受け、安否情報や水・食料の配給場所、再開したスーパーの営業時間などきめ細かな内容を24時間体制で伝えます。前述したように、臨時FM局を立ち上げた自治体もあり、等身大の身近な情報を正しく、迅速に発信することで、視聴者の地域住民に安心感を与え続けているのです。

塩釜市のコミュニティFMのスタジオは大津波に直撃されましたが、「こんな時だからこそ」の思いで、市庁舎に使える機材を運び込んで大震災発生2日後には放送を再開しています。臨時災害放送局に衣替えした後も、交代でマイクに向かい、災害対策本部から入る貴重で身近な生活情報を伝えています。

ところで、手続きを簡略化し、被災自治体からの口頭申請で放送免許を与える臨時災害放送局制度は阪神淡路大震災を機に誕生し、2000年の北海道・有珠山の噴火や新潟県中越地震でも多くの住民を支えました。

たとえば、宮城県北西部の大崎市は大震災発生の4日後に免許を受け、「おおさきさいがいエフエム」を開局しています。市の担当者は「全域に散って生活情報を載せた臨時広報紙を配り歩く職員の負担を減らせる」と述べています。

また、岩手県宮古市の「みやこさいがいエフエム」は、今夏にコミュニティFM開局の準備を進めていた市民グループによって運営されています。

しかし、臨時FM局だけではありません。茨城県ではAM局の「茨城放送」(水戸市)がインターネットの動画配信サイトも活用し、県内の給水情報などを流したところ「通常の数十倍の反響があった」そうです。また、液状化で多くの断水世帯が残る千葉県浦安市でも、既存のコミュニティFM局が復旧状況を繰り返し放送しています。

神戸市の「FMわぃわぃ」は阪神大震災時に多言語放送で被災地の外国人を支えました。関係者は「落ち着きを取り戻した被災者が今後を考え始めると不安に襲われる。正確な情報はもちろん、音楽や漫才などの笑いが心を癒やす」と話しています。

臨時FM局としての放送期間中はCMを入れられず、各局は減収を強いられますが、ツイッターの声が不眠不休の関係者を励ましています。

近年、日本では高齢者の孤独死が問題視され、「無縁社会」の到来が指摘されていますが、はからずも今回の大震災で、昔ながらのコミュニティの重要性が連日のマスコミの報道によって明らかになっています。その意味で、コミュニティ・メディアへの期待がいっそう高まることが予想されます。

blog comments powered by Disqus