日本の企業社会

普段の生活を維持しよう

大震災以降、蔓延する自粛ムードが、経済をさらに低迷させている。行き過ぎた自粛はむしろ「百害あって一利なし」と考えたほうがよい。

東北新幹線 http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/cd/JR_East_Shinkansen_E4.jpg

未曾有の東日本大地震が起こってから一ヶ月半近くが過ぎました。周知のとおり、事態はいっこうに収束に向かう様相を呈していません。それどころか、さまざまな面で混乱をきわめているというのが現状です。

福島原発事故のような、人命に直接及ぶ深刻な問題がある一方で、ようやく、「失われた10年」からの回復の兆しが多少うかがえるようになってきていた矢先の日本経済が再び減速することが強く懸念されています。実際、内閣府は、「景気は東日本大震災の影響で急激に厳しい状況になっている」と分析しています。

また日本銀行大阪支店は、大震災による消費マインドの冷え込みなどによって、3か月後の景況感が今よりも悪化すると見る企業数が、改善すると見る企業数を大きく上回っていると報告しています。

その背景には、今回の大震災の影響による生産などの落ち込みが指摘されます。すなわち、原材料や中間材などの供給体制が生産施設などの致命的な破損や交通インフラに支障が生じて寸断されたことや、電力不足などの長期化が予想されます。さらに、前回でも取り上げた、「風評」による弊害が依然多く見受けられます。

加えて、いわゆる「自粛ムード」が、経済の低迷化の大きな要因としてあげられます。

この自粛ムードは、最低限の生活をいまだに余儀なくされている被災者が数多くいるのに、被災をまぬがれた自分たちだけがにぎやかな催しやぜいたくをしてよいのかという「思い」が強く誘引しているのです。

当初、このことは、娯楽性の強い商品やサービスほど、色濃かった傾向がうかがえます。たとえば、東京都の石原知事は記者会見で、「同胞の痛みを分かち合うことで初めて連帯感ができてくる」として、被災地を考慮して花見を自粛すべきだという考えを示しました。ちなみに、この呼びかけに対して、「でも『こんなときだからこそ』ではありませんか」と花見自粛に反論する意見が多かったようです。

「宴会は当面自粛」という声は今も根強くあり、そのために、歓送迎会や卒業・新入学のお祝い、催事の多くが中止となっています(筆者が勤務する大学も、卒業式・入学式は中止となり、新年度のスタートも5月上旬にずれ込みました)。

しかし、過剰な自粛は、大震災で16兆~25兆円ともされる経済損失を被った日本経済をさらに冷え込ませ、復興の動きに水を差しかねません。

一体、この自粛ムードについては、その是非を一概に結論づけることは容易ではありません。そもそも、「自粛ムード」という表現自体が、その根拠が不明確なままに不特定なことに自粛を求められる世間一般の雰囲気を表しています。

ともかく、先にも述べたように、行き過ぎた自粛はむしろ「百害あって一利なし」です。今後とも可能なかぎり、被災者を救援していく必要はありますが、他方で、通常どおりの日常生活を取り戻すことが何よりも重要となります。

すなわち、厳しい現実に直面している被災者に対して思いやる気持ちをいだく一方で、前向きに普段の生活を送る中で、いつもどおりの消費行動をとることによって、被災地を始めとして日本全体の経済復興につながることになるのです。

いずれにせよ、被災地にお金を循環させる仕組みが必要となります。被災地での漁業や農業の回復には相当の時間を要することは明らかですが、たとえば観光はその有力候補の1つでしょう。実際、福島県内でホテルを経営する知人からも、被災者の受け入れを行っているが、その一方で、県外からの宿泊客が激減し、困惑している旨のメールが筆者のところに届いています。

繰り返しになりますが、普段の生活を維持し、できるだけ東北や北関東の商品やサービスを消費することに努めるべきでしょう。そのことによって、被災地域に雇用がもたらされ、その結果、被災地の住民がみずからの手で地域を再建することも可能になります。

こうした地道な取り組みは、一時的な義援金よりも持続的なものであり、それだけ確実に大きな効果が期待されます。

いずれにせよ、被災地に物資を配送したり、交通網を再開したり、ガソリンを供給するなどといった企業活動が、実は、人間の生存のための活動であることに改めて気づかされます。

その意味で、企業経営の目的は、利潤の追求だけにあるのではなく、また、米国流の株主至上主義でもないことが理解されます。

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