光と風のなかで

最後のタイ旅行 その2 タイの最北端の町

タイ語で「真っ直ぐ」、「右」、「左」は言えるが、良い景色に出会っても運ちゃんに頼む「停まれ」と言うタイ語を知らない事に気付いた。

猿の洞寺院の猿 猿の洞寺院の猿

トゥクトゥクの運転手は40歳台の屈強そうな小柄で朗らかな男、彼の英語は予期どおり挨拶程度で、僕のタイ語のほうがましだ。マイペンライ(気にするな)。

運転台の前は風防ガラスで覆われて運ちゃんは良いが、後ろの席は屋根と後部を覆うキャンヴァスだけなので風が吹き抜ける。硬くて狭い座席からは尻を伝ってトクトクと振動を受け、背もたれは勿論無く、席の両端は腰までの高さの金属パイプが囲うだけ、急カーブに来ると横に滑り出しそう。

街の中では余り気にならなかったが、ハイウエイでスピードが50キロも出るともろに風が吹き込み、帽子は後ろ向きに被らないと飛ばされそうだ。僕は滑落しないように屋根のパイプを鷲掴みにしていたので、後で腕や肩が痛んだ。往復3時間の予定だったが、散歩の時間も入れると5時間の小旅行となった。素晴らしい好天が幸いだったが、もし雨が降ったら後ろの座席は真ん中に座ってさえずぶ濡れだろう。タイの友人が、「キヨシさん、決してトゥクトゥクに乗ってはいけませんよ」と言った意味が良く分かったが、それでも僕はそれに乗ってハイウエイを走る。ここには乗りたくてもタクシーは見当たらない。

ゴールデン三角点から見たミャンマーの風景

タイ北部の田園地帯の景色は、ひと昔前に訪れた「イサーン」と呼ぶ東北地方と何となく似て居るがどこか違って緑が多い。同じタイの農地ではあってもイサーンは、昔パイナップルなどの濫作が行われて土地が荒れ、半分不毛の貧困地区となったが、此処、タイ北部は遥かに豊かそうで活気もあった。実はこの最後のタイ旅行で最も訪れたかったのはこのイサーン。

そこは一昔前に数年間、寒村の中学に通えない不遇な子供たち数人に学費を贈っていて、1999年の秋、そのうちの2名の家庭を一人で訪問した。そのことは以前本誌にも書いた。この地方の秋の名物の一つが凧で、先端に張った木の皮(今は幅広のゴムテープ)が風に吹かれて振動し「ドゥイ、ドゥイ」と低く哀しげな音を空に響かせることから、その凧を人は「ドゥイドゥイ」と呼ぶ。風の強いこの時期に、畑の中の木にタコ糸をくくりつけて夜通し飛ばしておく凧は、心に沁みる淋しげな音を高い空で夜通し微かに奏でた。

メサイの郊外の田園風景

僕は溜め置きの雨水で冷たいシャワーを浴び、吹き通しの高床式の中学生の家で、持参の夏用の寝袋に包まって寝た。帰路、ホテルでホットシャワーを浴びながら、子供たちと凧の哀しい音色とを思い出して涙が止まらなかった事を昨日の出来事の様に思い出す。もう一度、事情が良くなって来たといわれるこの土地を見たかったのだが、今はそれも叶わない。

チャンライの街を外れると、ハイウエイの所々に屋台が出ていて、パイナップルや農産物が売られ、農家が点在する野良ではこの季節は稲の取入れで働く農民の姿が見られる。北に望む500メートル前後の緑の山地とその麓の金色の稲の畑が穏やかな調和を産み、焦点を定めずにぼんやり見ているとカナダに居る錯覚をさえ覚えた。春から夏に掛けての猛暑を避けるための休憩小屋が点在する田園風景の中を30分も走るうちに、車から放り出されない手立ても身に付き、道路が直線になるのを見計らっては手を屋根のパイプから放してカメラをバッグから取り出す余裕も出来た。それにしてもクッションのない座席でガクガク走りながらの撮影は無理だ。タイ語で「真っ直ぐ」、「右」、「左」は言えるが、良い景色に出会っても運ちゃんに頼む「停まれ」と言うタイ語を知らない事に気付いた。

メサイの郊外の、高床式の民家、夜になると意外に涼しい - 走行中の撮影でカメラぶれ

ハイウエイが北東から北に向きを変えると、フレイザー河の3倍近い川幅の大河が右手に突如現れる。運ちゃんが指を差して大声で告げるまでも無く中国に端を発する「メコン河」。十年前の同じ秋にイサーンで見た黄褐色の水をたたえたメコン河は、この上流地域では濃い茶色、岸辺近くのところどころに浅瀬が見える。そこから10分も走ると「ゴールデン-トライアングル」(金の三角点)と呼ばれるタイ、ミャンマー、ラオスの国境が交わる地点である。展望台にもなって居る寺院のテラスから対岸を見るとラオスの側に巨大な回教の教会が腰をすえ、道端には数台の中国人専用の観光バスが停まっていた。船着場にラオスから物資輸送用のはしけが波を蹴立てて入ってきた。三角点からメコンの上流を見ると、左岸(向かって右)のラオス側には幾つかの建物が山地の中に点在するが、右岸(左)のミャンマーは荒地が広がり、人気のない草地の遥か彼方には仏寺しか見えない。太古には一つのこの地域も、今は人間が色を塗り替えている。 既にチャンライを発って2時間余り、運ちゃんに食事をしようと言うと、彼はわき道に入り、英語を教えている学校にもなっている寺、「ワットタンプラ」の前に車を停めた。猿が数十頭も棲んで居る、「サルの洞」と愛称される寺の庭は週末のため人影はまばら、広い寺内を歩いたあと、地元の人で混むタイ麺の店で食事を済ました。(続く) 

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