最後のタイ旅行 その2 チャンライ
愛しのタイへの最後の旅。片言のタイ語で、最初で最後の通訳をした。
チャンライの小さなホテルの一室で昼まで寝ると疲れがすこし取れた。二階にある僕の部屋の窓の下からひっきりなしに聞こえるモーターバイクの音は、疲れがひどかったためかこの時は気にならなかった。前夜VIPバスのシート毎に配られていた弁当の、卵サンドが良い昼食となった。
ホテルは町の繁華街を外れた南側にあり、旅の情報源として知られるTAT(Tourist Authority of Thailand-タイ政府観光庁)のオフィスは地図によると町の北の端にある。たった一本の繁華街を約30分をかけてのんびり歩いた。繁華街のほぼ中心に時計台があり、車やバイクで意外なほどの賑わいだ。
TATの窓口には二人の若い女性が居て、この地域の大学で習ったという中々流暢な英語で明るく応対してくれ、客もいないのを幸い、カナダの事を聞かれたり、楽しいおしゃべりが出来た。一番気になっていたミャンマーとの紛争は「政治的な問題で、一般市民や旅行者には影響有りません」。タイの市民の多くはあまり気にして居ないらしい。マイペンライ(気にするな)はタイ人の口癖である。
いま泊まっているホテルの辺りは、車やオートバイ修理のガラージとか個人経営の町工場が多く、活気を通り越して雑音に満ちているので、TATでこの地域にある何十とあるホテルの中から僕の条件に合う郊外のホテルを探してくれたので、電話で翌日の予約を取った。実はこの町には少なくとも数日の滞在を予定していたのだが、バンコクに着いて直ぐの入院事件で体力の消耗が著しく、TATを出てから道端の椅子に腰を下ろしてこれからどうするかを思案した。澄んだ青空を見上げながら漸くたどり着いた結論は、この旅を断念すること。
知人の誰もいないここで倒れれば大変な事になるのが断念の唯一の理由だ。これが町を見る最後、と、帰路は町の南にあるホテルまで町の北の端からジグザグにわき道を選んで歩きながら、行き当たりばったりで寺院にお参りしたり、小さな文房具店や手芸品の店を覗いたりして、30分の道のりを2時間掛けて南下したが、失意が先に立って何を見たか良く覚えていない。気が付いたのは思いのほかヨーロッパ系の白人旅行者が多い。この町は文房具店や玩具店が多く、教育に熱心らしいこと。
この地、北部を訪問する一番の理由は、この田舎の小学校で3ヶ月間英語を教えるボランティアーの夢だったが、タイ政府が認めるその仕事は75歳以下という制限があって、それは既に断念していた。尤もTATの女性から聞いた話しでは、年齢制限はそれ程厳密でなく、直接小学校と交渉すれば受け入れられるようだ。
気が付くと午後5時、ホテルを出てから5時間、そろそろ夕食の時間だ。ホテルの近くの脇道にテーブルが二つしか無い、まだ客のいない食堂を見つけて声を掛けると、台所からおばさんが元気良く出てきた。調理台にはタイ麺の材料があるので、早速僕の好きな幅広の麺に鶏肉と野菜のスープ麺を注文した。タイ語で「クエイチャオナーム、センヤイ、ガイ」と言う。
目の前で煮たぎっている大釜に麺を放り込んで手際よく3分も待たずに出来あがるタイ麺は、僕の好きな軽食だ。予期どおりに美味しいので一口のあと、更にご飯を一杯注文したら、驚いたように目を見張ってから笑顔でそのおばさんは大盛りのご飯を出してくれた。満腹になった僕は30バーツ(カナダドルで約1ドルちょっと)と言うおばさんに40バーツを支払うと、おばさんは愛想笑いでは無いこぼれるような笑顔を見せ、何か云いながら左手を右手の下に添えて心をこめて両手でコインを受け取る。
「コープクーン、マーク、カァ」。タイの田舎で買い物をするときによく見るこの所作はタイ人の心情だ。近くに沢山ある簡易ホテル泊まりらしいヨーロッパ人が二人店に入ってきたが、英語が通じない。僕は彼らの欲しいものを片言のタイ語で通訳して上げた。この僕がタイ語の通訳をしたのは初めてで最後である。
その夜、モーターバイクの音が壁一杯のガラス窓を通して夜通し響き、しばしば眠りを中断された。翌朝、食パン2枚に卵二つの朝飯を済ますと、約束しておいた昨日のTuk Tukの運ちゃんが正確に朝9時に迎えに来た。今夜のホテルまで行って予約を確認してから、昨日約束しておいた最北端の国境地域に向けて出発した。運ちゃんは3時間で1000バーツというが、TATで聞いたより安い。それを確認したうえで出発だ。こちらも貧乏旅行ではあっても爪に灯をともすほどでも無し、お礼のつもりで僕は値下げの交渉はしない。
新しいホテルのロビーにバックパックを預け、カメラバッグだけ持ってハイウエイに出た。目的地は二つ、Golden Triangle(金の三角点)と呼ぶラオス、ミャンマー、タイの3つの国境の交わる観光地と、Mae Sai(メサイと読む)というタイ最北地点の町である。
(続く)