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ガラパゴス絶滅の危機

高度な機能を持つ日本製品が、世界のニーズに合わなくなっている。人々は一定レベルの生活に満足して日本国内で自己完結。外への好奇心もなくなっている。これでいいのか。

菊地 靖

私はこれまで長年、ロンドンに駐在してヨーロッパのマーケテイング活動に従事、その後はメキシコの工場責任者として駐在。
昨年よりは日本に戻って、インド市場を中心としたアジア地域を担当しています。
そこで、ここではそんなこれまでの海外ビジネス経験で感じることを綴ってみたいと思います。

まず始めは、我が日本。
この数年、日本の製造業のガラパゴス化が大きく指摘されている。
高い技術力を背景とした日本の製品が、海外で競争力を失ってきている。
特殊な生態系を持ち、外界から遮断されて独自の進化は遂げたが、世界の進展からは大きく取り残されたガラパゴス諸島に、なぞらえているのである。

携帯電話からデジタル放送・金融システム、いずれも日本独自の仕様・システムで完結していて、せっかくの高度な機能が日本の外では売れないのである。

これまでは例えば自動車のように、日本国内の激烈な競争で鍛えられた技術・サービスの高付加価値が、メイド・イン・ジャパンとして海外で高く評価されて売上げを伸ばしてきたわけであるが、ここにきて消費トレンドは大きく変わった。

車は走ればよい、電話は話ができればよい、というあたり前のことであるが、最低限の機能のみが世界のニーズになってきている。

このことがわかりやすいのは、おとなりの韓国の製造業である。

韓国は始めからモノ作りは輸出用、海外ニーズのためにと、徹底的に割り切っている。

これは海外駐在員・出張者の品質も同様である。
韓国からのインド担当は、英語は当然としてヒンズー語も勉強をしてやってくる

日本人同様、インドの文化・食事・ビジネス習慣の違いは韓国人にとっても大きく異なっていることと思われるが、デリーやムンバイの韓国人向けのゲストハウスに宿泊して焼肉・キムチを食べながら、日曜日は韓国人向けの教会に通いながら、韓国人はインド人と真正面からぶつかってビジネスを切り開いている。

インドの白物家電はほとんどが今、韓国製に席捲されている。

そこで我が日本。そうガラパゴス化しているのは、工業製品のみならず人も同じである。

一定の生活水準と教育レベルの中で、日本国内で完結、好奇心も無く内向きに自己満足をしている。

海外から日本にやってきて恐らく誰もが興味を引くのは、東京の朝の通勤の電車の中の光景であるといつも思っている。7名座れる座席のうち、6名から7名は熟睡、残りは携帯かゲームをいじっている。たまに何かを読んでいるなと観察してみると、それは漫画の本。

1週間の始まりの月曜の朝からこれである。

外国人には日本の高度経済発展と、この東京人の退廃・無気力のギャップは到底理解できないでしょう。
ガラパゴス化する日本人、無関心・無好奇心は会社でも同様である。
今ある自分の目の前の仕事、数字の目標に対しては、黙々とまじめに働く。
しかし自身の半径5mの外のこと、それは距離も時間軸も含めて、何にも関心を示さなくなるし、何一つ質問が発せられることがなくなる。
わからないから面白いと思うし、知りたいと思うのだけど、多分そのための会話、外部・他者を知るためのコミュニケーション・ツールを有していないのだと思う。

身近な家族・限られた友人・そして社内だけでの決まった言語・ルールだけで、毎日が繰り返されると、それはもう海の外からは隔絶された孤島独自の文化が完成してしまい、外とコミュニケートする能力は退化する。

ではどうすればよいのか?
これは私はもはや、個人の自己努力しかないのだと考えている。
ガラパゴス化に対しての危機感、問題意識をもった人のみが自ら島から出て行って、他流試合の体験を重ねるしかないのではないだろうか。

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