光と風のなかで

自然が目覚める春

ナチュラリストがみつけた春の息吹。小鳥やコヨーテ、野ネズミたちにも、この美しい自然を残していきたい。

清 森の樹に取り付けられたフクロウの巣箱を掃除。

毎年1月に入ると、雪が未だ融けないうちから、眠っていた自然は眼を覚ます。その最初のサインは地表に芽生える草。殆どの植物は、生育するには水が必要だ。雪は地中の熱で徐々に解け、少しずつ水を土壌に浸み込ませ、植物を目覚めさせる。目覚めた植物は光を求めて微かながら徐々に熱を発生し、さらに雪を溶かして水を得る。そうしていつの間にか地中で時を待っていた他の植物もその水と熱に促されて芽を出し、未だ葉の出ない広葉樹の森の中に満ちる光に誘われて緑の葉を出し、また1年の営みが始まる。

2月の末になると多くの樹木の葉が芽生えて地表に届く光が少なくなる初春には、草花は僅かな光でも成長を続けられる力を備える。この地表に芽を出せる植物の数はおそらく秋に実った種の中の百万分の一以下で、芽を出す機会が無い種子は更に数十年から数百年、息をひそめて地中で来る年を待ち、他の殆どはそのまま土となって他の植物を育む役割を担う。

植物にとって最も大事な三要素は、水、光、空気である。地表植物の多くは空気中の酸素を栄養として生育し、樹木は酸素を取り込んで幹の外側に新しい細胞を創る。春になって新しく生まれた葉は酸素を栄養として葉緑素を創り、それが触媒として働いて空気中の水と炭酸ガスを光合成させて炭水化物を造り出す。この光合成による差し引き少しだけ残る酸素が積み上げられて生き物を数億年をかけて育んできた訳である。いま、人間社会の開発はそれらの自然の仕組みを破壊していることを考えたいものである。

清3 毛並みの良いコヨーテがのんびりと立ち去る

僕は春先、未だ残雪のある森を歩きながらこれ程の植物の無かった恐竜の時代に思いをはせるのが好きである。そして『ああ、その頃は植物が少なく、全部の名を覚えるのが簡単だったろうな!』とその時代に生きていなかったのが残念になる。現代に戻ろう。冬の間、枯れ葉色の森や草原は一見『生』を感じさせないが、それでも良く見ると至る所にいのちの息吹がある。

森の地表は何千年にわたって出来た腐葉土で覆われてスポンジよりもやわらかく、場所によっては比重は0.2~0.3(土壌の70-80パーセントは空気)しか無い。豪雨が降ってもこの土壌は雨水を貯め込み、晴れてからも長い間にわたってその水を徐々に広い地表に配送する、というわけ。そんな土壌をちょっと持ち上げて覗くと、中に毛虫の幼虫が丸くなって寒さをしのぎながら春を待っていたり、数十年の命を終えて倒れた樅の木の皮を剥がすと、中にスズメバチの女王が冬眠していたりする。僕はそれを確かめるとそっと小虫を傷付けずに土や樹皮をもとに戻す。

我が家の庭には冬の間毎日餌箱が下げてある。昨夏の気候不順が祟って今年は自然地の植物の種が例年より少なく、結果的に小鳥用の餌箱は不況そっちのけだった。そんな時期、2月から3月にかけては、この地域の自然地のあちこちに取り付けた約500個の鳥の巣箱の掃除がある。

今年も2月第2週にその作業が始まった。昨年来、体調を崩していて、いつもの様に梯子に登る元気が無かったが、もう14年続けているこの作業に参加した。ところが僕の体調を知っている仲間は僕に仕事をさせてくれない。そこで初めて、皆のする仕事を見ながらおしゃべりをすることが出来た。

昨年使った巣を掃除すると時々、孵化しなかった卵や、普通の巣と違うものが出来上がっていたりする。そうすると声が掛かり、今年は飛んでゆくというわけには行かないが、息を切らせて藪を掻き分けて見に行く。昨年の冷夏が影響して孵化しなかった卵が今年は異常に多く、おおよそ造巣の総数の20%近かったのは哀しい発見だった。

清2 フクロウの巣箱はリスに使われていた。

この公園の森のあちこちに取り付けたフクロウやアメリカオシドリ用に造った計4個の巣箱は高さ20インチ、幅10インチ、奥行き8インチの大きさ。その3個には箱の3分の4くらいの厚さに苔が運び込まれていて、その中に小さな洞穴があって、箱がリスの冬篭りに使われていたことが分るし、また枯れた草の葉が巣穴までの8インチの深さに重ねられ、巣箱の穴の通りにトンネルが底まで出来ているのはネズミの一種、おそらくDeer Mouseの巣である。

こうして仲間と楽しい時間を過ごしていると如何にも元気そうなコヨーテがわれわれを気にもしない様子で眼の前を横切った。冬の間は多くは昨秋実って地面に落ちている木の実などを食べて飢えをしのいて来たが、この朝、今年初めて草原で沢山の真新しい小型の野ネズミの一種の掘った溝を見つけたので、此れが大好物のコヨーテは自然の調和を保ちながら十分空腹を満たしていたのだろう。こんな美しい自然を僕たちの子孫に何としても残して行こうと思うのである。

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